STUDIO POOL—BLOG

’12

Apr

20

嗚呼、楽天食堂。

時はバブルまっただ中の80年代中期、大阪アメリカ村。
当時務めていたプロダクションのアルバイト、
ヘビメタミュージシャンのFがゴムバンドでその長い髪を束ね直しながらつぶやいた。
「近くに美味い店ができましたよ。」
翌日、それを確かめにFの案内で向かった先が三角公園の傍にある
派出所斜め向かいの小さなビルの1階。

楽天食堂

団子結びのシンボルキャラクターがその店の空気感を象徴していた。
店内はカウンターだけの小さな造りで、
アルミガードの付いた裸電球がちょうどいい明るさを保っていた。

オススメの「担々麺+玄米ごはん」を食べながらFに向かって
「ホンマに美味い!」「ね?しかも安い。」
みたいな会話をしながら褐色のスープがからまった担担麺を更にすする。
これまた美味い漬物に醤油をひとたらし、一緒にご飯を頬張る。
…というリズムがその時に 身体に刻み込まれてしまった。
センスのいい手書きのメニューには聞いたこともないような
『酸拉麺… 咳がでます』など愉快な品目が色々記されており、
翌日もそのまた翌日も ランチタイムは楽天へという日々が続いた。

プロダクションから独立し、アメリカ村を5年ほど離れたときも
機会があればお店に立ち寄り「担々麺+玄米ごはん」なる黄金セットを注文していた。
90年代なかばに 肌の合うアメリカ村に舞い戻り小さな部屋で事務所を構え
雨に負けたり風に負けたり夏にも冬の寒さにもオロオロしながら
時には友人やお客さんと、二日酔いの日も徹夜明けも、
週に何度も楽天食堂へ行って「担々麺+玄米ごはん」でお腹と気持ちを満たしていた。
オーナーのお二人に軽く会釈するのが心地よかった。

しかし2000年代に入り暫く経ったある年
忽然と「楽天食堂」は姿を消した。

奇しくもその年に自分もアメリカ村から事務所を移転することになった。

身体に刻み込まれたあの「担々麺+玄米ごはん」はもう二度と食べれない…
もちろん他の店で「担々麺」を幾度となく注文した。
たくさんの美味い担々麺に出会い、たくさんの汗をかいた。
しかしやはりあの楽天食堂の「担々麺+玄米ごはん」ではないのだ。
あの味がもう一度 食べたい。もう一度あのスープを最後まですすりたい。
アメ村時代の話題になる度にそんな想いが過るこの10年だった。

そんなさなか、オーナーの小川さんが絵本を出版されたことを知る。
気づいた頃には展覧会もとっくに終わっていて残念な思いをした。
偶然にも自分が生まれ育った地域周辺の景色がのらいぬの視線で描かれており、
ネット上でその絵を見た時には担担麺を含めたあらゆるノスタルジーが塊になって
心の中をゴロゴロと転がり回った。
そんな経緯を知る由もないMちゃんが絶対好きに決まってる!と
その絵本を買っていてくれてるのにまだそれを受け取れずに居る。
そのことを思い出してはMちゃんに申し訳ない思いを繰り返していたが
考えれば、神様のイタズラが作用してる気がしなくもない。

なぜなら

2012年4月19日深夜。
Facebook上で同業シゲさんのウォールに目を疑った。
何とあの「楽天食堂」の画像とそのリポートが燦然と輝いていたのだ。
先月に阿波座で再開店されたと知り一日たった今もまだ やや興奮が抑えられない。
あの想い出の詰まった担々麺がまた食べれるのだ!
一度はあきらめた味を食べれるのは本当に仕合せなことで
しかも、あの絵本とスープを同時に堪能できるということなのだ。

嗚呼、楽天食堂

近いうちに必ず。

お店・食

POPULAR

RECENT

ARCHIVE

CATEGORY