STUDIO POOL—BLOG

’15

Jan

29

【対和力】

対和力

あるキッカケで最近「コミュニケーション」を和訳する意訳する日々である。そんな中ふと浮かんだのが【対和力(たいわりょく)】という造語である。
子どもの頃に親や先生に「コミュニケーション能力を云々…」といった様な言葉で何かを教わった記憶がない。今では「コミュ力」等、既に日本語化されている言葉であり感覚的に意味はわかるのだが果たしてどこまで理解し「コミュニケーション」という言葉を使っているのか自身をはじめ周りも甚だ怪しいものである。シーンや関係によって意味が違ってくるので一言で和訳することは難しいが、この「和訳」という言葉にそのエッセンスが垣間見えた。日本の風土、気質にこの【和】という一言は時代を超えてしっくり来る言葉であり、振り返れば【和】を以って互いの理解を深めるよう指導されて来たのである。【和】はなごみであり、やわらかくもありバランスのよい言葉・字面であるとあらためて感じるものである。つまり日本においてのコミュニケーションは古くから「和を以って貴しと為す」が多分に含まれており、またそれが故に面倒なこともあるにはあるがやはり【和】を重んじることは我々の生活の基盤になっている。和の精神がなければ尊敬語も丁寧語も生まれなかったのではないか。きちんと挨拶をする靴を揃えるといった躾もこの和の精神の要であり、日本においては「コミュ力=対和力」というのが今のところ勝手な見解、意訳である。
偶々出会った武者小路実篤の言葉が腑に落ちた。
「君は君 我は我なり されど仲良き」

SUBURI / ことば / 仕事・イラスト・デザイン

POPULAR

RECENT

ARCHIVE

CATEGORY