STUDIO POOL—BLOG

’14

Oct

4

ハワイの想い出【ケナード家】その3

Sean

ハワイの想い出【ケナード家】その3
『ショーンのピアノの才能はすさまじい』
そう語ったのは父親のKenさんだった。
6年ぶりに会ったショーンは得意のピアノ演奏を披露してくれた。
ピアノが弾けるというだけで凄いことだと思う自分にとって何がどれほど凄いのか、上手と天才の差も判らない程度だったので正直ピンとこなかった。
自分が記憶している6歳のショーンは賢いやんちゃ坊主で、芝生が敷き詰められた家の庭を縦横無尽に裸足で走り、時には乗れるようになった自転車で走り回りながら『オニーサン ボクヲ ミテ!』と日本語でアピールしてくる無邪気な子どもだった。仕事から帰ったKenさんとチェスをしたり、子守の時はモノポリー(人生ゲーム)を一緒にやったり、テレビの時代劇チャンネルを視ながらあれこれ不思議な質問をしてくるユニークな子どもだった。
三兄妹の中で唯一 日本語を話すのもショーンだった。
母親の恵子さんが日本人なので三人共に日本語を理解していたが、聴くと話すは全く別物らしく次男のイアンも末っ子のエリンも照れがあるのか日本語を話すことはなかった。子守の時も、どこかへ出かけるときも通訳としてそんなショーンをとても頼りにしていた。ある日『指きりげんまん』を教えた時のショーンの質問にはとても困った。非常に困惑した表情でこう聞き返してきたからだ。
『ナゼ 針ヲ 千本モ 飲マナイト イケナイノ?』
……….
そんなショーンがピアニストになったという話は数年前に聞いていた。
検索したYou Tubeでその姿を見た時は得も言われぬ気持ちになった。
過ぎた時間と自分の記憶の中のショーンが合致しないまま何年もの時が流れた。
そして今年 9月のある日 恵子ケナードさんから久しぶりに連絡が入った。
ショーンがジャパン・ツアーで大阪にも行くので久しぶりに会いたいという連絡だった。三日前に宿泊先のホテルでその姿を見た時、何も変わっていない恵子さんとすっかり大人になったショーンにこれまでの時間がぎゅっと縮まっていく感覚を覚えた。恵子さんの癒やしスマイルも声も話し方もそのままだった。そして大人になったショーンも中身は何も変わっていなかった。屈託のない笑顔と色んなことを質問してくる好奇心やサービス精神も当時のショーンそのままで18年の歳月の方がウソをついている気がした。
さていよいよ今日はそのショーンの雄姿を観に行くことができる。
冒頭で述べた通り、育ちが育ちなので残念なことにピアノの技巧を判断する耳は持ち合わせていない。しかしその姿を見る力や脳裏に焼き付ける能力には自信がある。しっかりと観て来ようと思うが泣いてしもたらどないしよ。

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